男性が男性らしく、女性が女性らしくと言う言葉は昨今の個人尊重主義の社会ではどうも嫌われる発想らしい。人は個性をもった個人であるから「男性」「女性」という分け方ではなく「個人」そのものとして扱うべきだと言う意見も良く聞く。
確かにもっともな話だと思う。しかし、本当にそんな単純な事かとも思う。社会における性別を生物学的な性別(セックス)に対してジェンダーと言う。そのジェンダーがいかにして確立されてきたかを考えると、単純に「個人」として扱う事の難しさが出てくる。歴史的に見て、女性は男性に比べて冷遇されてきたのは事実に違いない。
選挙権も被選挙権も女性に与えられたのはごく最近の事だ。それまでは女性は大儀に関わるべからずという考えが主流で、家を守ってさえいればそれで良しとされてきたのだ。人間の歴史は狩猟・採集時代から始まり現代に至るまで、外で仕事をするのは男性の役割だった。それは日本だけではなく、ヨーロッパでもアフリカでも同じである。むしろ、これだけ多種多様な文化が混在する世界であるのなら、女性が仕事をし男性が家庭を守るという風習を持つ民族がいてもよさそうなものだが。(※これについては僕もあまり知識がないのでこういう事例があるよ、と言う方がいらしたら教えて下さい)そのせいで男女の脳のつくりは根本的に違っているとも言われる。
基本的に男性が女性より体力はある。それ故に狩猟・採集時代では女性より男性が仕事をする必要があったのだろう。ところが、現代に至って直接肉体をダイレクトに使用する仕事は極端に減っている。技術の革新により、ブルーワーカーであっても負担は減っているはずだ。それが女性の社会進出を促す一要因になっているはずである。
しかしである。現実問題として、女性の社会進出は難しい。なぜか。
(ここからは少し僕の暴論になるかもしれないので、先に謝っておきます)
女性の社会進出を阻む最大の敵は女性のような気がする。
女性の中には「社会に出て活躍したい」という人間と、「家庭に入って静かに生活したい」という二通りの認識パターンを持つ人が混在している。そして、その二通りのパターン認識を持つ人たちは決して相容れない。一部では女性の権利拡大を謳っている人たちがいながら、それを否定する勢力も確かに存在している。そしてどちらかが力を強めると、もう一方の勢力が潰しにかかるような気がする。最近ではカリスマ占い師の某氏が女性は男性の陰になるようにと色々なテレビ番組で吹聴している。あたかも女性は不浄であるといわんばかりの旧時代的な発想をゴールデンタイムで耳にするとは思ってもいなかった。
よくよく考えればそう言われて喜ぶ男性がいる事が大本なのだけども、そこに出演する女性芸能人は神妙な顔をして受け入れている「フリ」をしている。ばかばかしい、お前は男性を差し置いて仕事してるじゃないかと、問いつめたいが。どうせならそこに田嶋陽子でもつれてきてほしいが、論陣が二分するのを恐れる制作側は絶対にやらんだろう。情けない。
結局のところ女性側の意見がまとまらないかぎり、喜ぶのは男性だけという構図が永遠に続くのだろう。まとまりなど絶対にない。男性の陰に隠れて泣く女性も減らないと言う事になる。だから難しい。一般化すると本当に難しい問題なのだ。それだけに影響力のある人間は発言を気をつけてほしい。世の中には占い師にころりと騙される愚か者は山程いるのだから。
個人が個人であることは当たり前の事だ。それを尊重するのも当たり前だ。その当たり前を維持するために、どれだけ努力をできるかということが大切だ。特に理解者ぶった男性の責任は大きい。「働くのもいい」「家庭に入るのもいい」個人の勝手だから、なんてどっちつかずの意見を言うのは「無関心」と同じで毒にも薬にもなりはしない事を理解してほしい。
確かにもっともな話だと思う。しかし、本当にそんな単純な事かとも思う。社会における性別を生物学的な性別(セックス)に対してジェンダーと言う。そのジェンダーがいかにして確立されてきたかを考えると、単純に「個人」として扱う事の難しさが出てくる。歴史的に見て、女性は男性に比べて冷遇されてきたのは事実に違いない。
選挙権も被選挙権も女性に与えられたのはごく最近の事だ。それまでは女性は大儀に関わるべからずという考えが主流で、家を守ってさえいればそれで良しとされてきたのだ。人間の歴史は狩猟・採集時代から始まり現代に至るまで、外で仕事をするのは男性の役割だった。それは日本だけではなく、ヨーロッパでもアフリカでも同じである。むしろ、これだけ多種多様な文化が混在する世界であるのなら、女性が仕事をし男性が家庭を守るという風習を持つ民族がいてもよさそうなものだが。(※これについては僕もあまり知識がないのでこういう事例があるよ、と言う方がいらしたら教えて下さい)そのせいで男女の脳のつくりは根本的に違っているとも言われる。
基本的に男性が女性より体力はある。それ故に狩猟・採集時代では女性より男性が仕事をする必要があったのだろう。ところが、現代に至って直接肉体をダイレクトに使用する仕事は極端に減っている。技術の革新により、ブルーワーカーであっても負担は減っているはずだ。それが女性の社会進出を促す一要因になっているはずである。
しかしである。現実問題として、女性の社会進出は難しい。なぜか。
(ここからは少し僕の暴論になるかもしれないので、先に謝っておきます)
女性の社会進出を阻む最大の敵は女性のような気がする。
女性の中には「社会に出て活躍したい」という人間と、「家庭に入って静かに生活したい」という二通りの認識パターンを持つ人が混在している。そして、その二通りのパターン認識を持つ人たちは決して相容れない。一部では女性の権利拡大を謳っている人たちがいながら、それを否定する勢力も確かに存在している。そしてどちらかが力を強めると、もう一方の勢力が潰しにかかるような気がする。最近ではカリスマ占い師の某氏が女性は男性の陰になるようにと色々なテレビ番組で吹聴している。あたかも女性は不浄であるといわんばかりの旧時代的な発想をゴールデンタイムで耳にするとは思ってもいなかった。
よくよく考えればそう言われて喜ぶ男性がいる事が大本なのだけども、そこに出演する女性芸能人は神妙な顔をして受け入れている「フリ」をしている。ばかばかしい、お前は男性を差し置いて仕事してるじゃないかと、問いつめたいが。どうせならそこに田嶋陽子でもつれてきてほしいが、論陣が二分するのを恐れる制作側は絶対にやらんだろう。情けない。
結局のところ女性側の意見がまとまらないかぎり、喜ぶのは男性だけという構図が永遠に続くのだろう。まとまりなど絶対にない。男性の陰に隠れて泣く女性も減らないと言う事になる。だから難しい。一般化すると本当に難しい問題なのだ。それだけに影響力のある人間は発言を気をつけてほしい。世の中には占い師にころりと騙される愚か者は山程いるのだから。
個人が個人であることは当たり前の事だ。それを尊重するのも当たり前だ。その当たり前を維持するために、どれだけ努力をできるかということが大切だ。特に理解者ぶった男性の責任は大きい。「働くのもいい」「家庭に入るのもいい」個人の勝手だから、なんてどっちつかずの意見を言うのは「無関心」と同じで毒にも薬にもなりはしない事を理解してほしい。