2005年05月

検索にひっかかるもの2

ぬぅ。とりあえず謝っていたほうがいいのかもしれませんな。

最近、アクセスが増えて大変ありがたいのですが、ちょっと困ったことが。
このブログにたどり着いていただく方は、ブックマークしてこられる方が一番多いです。ありがたいことです。どうか見捨てないでやってください。

その次は検索結果です。
その内容は「モスバーガー」圧倒的です。やばいくらい圧倒的です。
どのくらいヤバイかというと、googleで「モスバーガー」って検索すると、公式ページの次がここになるくらいヤバイです。
つぅことは純粋にモスを検索していた方が、あの記事をみちゃったことになりますな。


あぁ-------------------・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。

と、いうか僕は基本的にモスは大好きなんですよ。
朝はバニラシェイクで顔を洗い、モスコールがたっぷり入ったお風呂につかり、整髪料は当然照り焼きソースですよ。できることなら、来世はテリヤキチキンバーガーに生まれ変わりたいくらいのモス党ですよ。誤解しないでくださいな。




まぁ、妄想はこのくらいにしておいて、マジで悪いことしたなぁと思ってるんです。
だが私は謝らない

仕方がないんで、近いうちにMOS'S-Cに行って罪滅ぼししてきますわ。

ところで、「清水氏ね」で検索して、ここにこられたあなた。
ちょっと心が病んでる可能性がありますので、僕と一緒に病院いきましょうか。

思想に誘導されない情報を~自戒

とりあえず、情報に踊らされないように慎重な記事を書かねば、というのがブログを書く上での僕の倫理観だったりしたわけですが。
情報が少ないなら少ないなりに精査し、それを元に書いていこうと思っておりました。ネタ元がはっきりしない事はできるだけ触れない。それが面白い情報であっても、真偽がはっきりしないうちには触れることは避けるべきであったと思っております。

なんでこんな事を急に言い出したかというと、一昨日の元日本兵の記事に対してあまりにも自分が思想に踊らされていたかという事を実感したせいです。

あのニュースが出た時点で、すっかり僕は舞い上がってしまってました。フィリピンの山奥で60年間も日本兵が生きていた!と聞いたときから、感情の方が理性を超えてしまったようです。

僕の思想的な立場としては、右に近いところがあるのかもしれません。最近の中韓の日本に対する態度や、歴史認識の話題についての捏造だったり隠蔽だったりを見てきて、少しばかりその傾向が強くなっていたというところもあるのでしょう。

しかし、それでなくても事実を冷静に考えれば、今回の情報が極めて怪しいところがあったという事に気づかなかったはずはありません。少なくとも大学時代に4年間も近代史をやってきた人間なんですから、そういった情報に落とし穴があることくらい察せねばならんかったのです。

それをまぁあっさりと信じてしまって、どっかの新聞の提灯持ちみたいな事をかいてしまいました。

東南アジアに日本兵の情報が溢れているのは、今に始まったことではありません。いまだに山下財宝の一部が発見されたとか、それを守るために今でも旧日本兵が隠れているとか、枚挙に暇が無いわけです。

ただ、あの記事を書いたときは全くそんな事思いもしませんでした。恥ずかしい事ですが。
と、いうわけで前回の記事については削除しようかとも思ったのですが、自戒と反省の意味も込めて残しておく事にします。

今回の報道を僕は一介のブロガーとして反省します。併せて報道機関の人たちも少しは反省してもらえないかなと思っています。

追記
今回のニュースが完全に誤報であったとはまだいえないかも知れない状況で、今日の記事を書いたのは、あくまで僕自身の反省のためです。仮に、誤報でなく本当に旧日本兵の方が発見されればそれはそれでいいことです。記事を書く姿勢としての僕の対応に問題があったと受け止めていただければ幸いです。

挫けぬ疾風

最近、響鬼レビューの更新が遅くなってしまってます。理由はいろいろあるのですが、素直に反省しております。どうか、見捨てないでやってください。

さて、昨日奥さんと二人で横浜へ行ってまいりました。8月に子供が生まれることもあって、こうやって二人で出かけるのも最後でしょうか。そんなわけで、ちょっと奮発して横浜赤レンガ倉庫内の「BEER NEXT」にディナーを食べに行ってきたわけです。

いや、でもひさしぶりにいいもの食べた感じ。
GWの連休中に某ホテルのレストランで食べたディナーなんかよりずっとおいしかったです。値段もそんなに高くなかったし。おすすめなので、横浜においでの際は行ってみては?

今、ちょっと仕事前なので。こんな感じで。詳しいレビューはお昼休みに。


--------------------------------------------------------------------で、お昼休み。

十八乃巻
先週、現れた謎の物体。烈風を持たない威吹鬼肉弾戦で抵抗しますが、決定打を与えることができません。片方の鬼爪を犠牲にしてなんとか追い払うのが精一杯といったところ。

イブキから連絡を受けたおやっさん、今回の魔化魍はオオナマズと断定。TDBによると、胃袋を地上に出して人を食うらしい。と、いうわけでイブキと戦闘を繰り広げていた謎の物体はオオナマズの胃袋であったことが確定。胃袋だけに、DAなんぞを消化してしまったわけですか。一部のDA萌えの涙を呼んだ物体が胃袋とはね。

さて、イブキたちに合流しようと必死に走るあきら。向かうたびに場所が変わって、なかなか追いつけません。しかし、そこは優秀な鬼の弟子。いやな顔ひとつせずに素直に対応しています。社会に出たらいいOLになるかもね。べつにならなくてもいいけど。

そんなあきらの前に黒マントが登場です。邪気を撒き散らしながら、普通に歩いてきます。結構目立ちそうです。遠くから見ていた誰かが通報しなければいいのですが。

ところで、今週のクレジットに「村田充」の名前がありましたね。童子と振ってあるわけでもなく、名前だけです。それによく考えたら今週童子出てません。つーことは、あの黒マントは村田さんでFAなんでしょうか?

と、いうことは童子の顔が同じなのは黒マントを基に作られているということになりますね。童子と姫の存在にも大きな謎が隠されているようです。

閑話休題
さて、その邪気をまともにうけたアキラタン、意識を失ってしまいます。近づくだけで生気を吸い取るなんてこいつは黒い核鉄を移植された錬金の戦士に違いありません。

気を失っている間に変な事されてなきゃいいけど、と思っていたら公式サイトに
>近づいてくる男を前に次第に意識を失っていき、その場にこん倒してしまう。
>しかし、男はそんなあきらに目もくれず歩き去ってしまった。

との記述。とりあえず一安心。しかし、あんなことやこんなことなぜしないとか

たちばなでは、なぜか手伝うことになった明日夢君と先週テンパッテしまったヒナカタンが働いております。何がどうなってこんな繁盛店になったのか謎です。味はいいけど、接客がよくない(主に人がいない)っていうのがリピーターがつかない理由だったのでしょうかね。

さて、そんなたちばなにヒビキさんから連絡です。愛しい人からの連絡に大事であろう機密書類を握りつぶしてしまう明日夢君。動揺しすぎだ。

その前のやり取りで、ヒビキさんの本命がみどりさんであることがほぼ確定になっていただけに、明日夢君残念。君はモッチーで我慢しなさい。うらやましい話だがね。

さて、東雲でオオナマズを追い詰めたイブキ。烈風の到着もヒビキさんとの合流もなしに戦闘に向かいます。カスミさんの忠告もありがたく聞き流し、戦士としての使命を優先します。その表情は前回買い物に優柔不断っぷりをみせていたものとはまったく違います。

そんなイブキの成長にカスミも「いつの間にかいい男になっちゃって」と言わしめるほどです。見えない火打石を切ってイブキを送り出します。このあたりの演出はかっこよすぎる。BGMも含めて。

一度変身した後なので。服がいつの間にかカスミに選んでもらったものに変わってるのも細かい演出ですね。て、いうか結局あの服に決めたんだ。あれだけ時間かけて。

さて、そんな新服が汚れることを恐れるでもなく、下水道をつきすすみ遂にオオナマズを追い詰めます。最初に現れたのは、やはり謎の物体こと、胃袋。善戦するものダメージらしいダメージを与えることができない威吹鬼。遂につかまって胃液を浴びせられます。

そのピンチを助けるのは我等が響鬼。背後から火弾を投げつけ颯爽と現れます。どこで合流したのかあきらから受け取った烈風を威吹鬼に託します。

自分の仕事だからと響鬼の協力を辞退すると、一気に胃袋をせめます。響鬼もそんな後輩の姿を頼もしく見つめているのでしょう。背後からにらみを利かせます。剣崎と橘さんではありえなかった先輩後輩関係です。

烈風を手にした威吹鬼です。ためらうことはありません。本体がいる水中に飛び込むと、胃袋に打ち込んだ鬼石めがけ音撃モードです。今回はずいぶん長めの音撃でしたが、オオナマズを華麗にしとめ。無事帰還。うーむ、男の仕事はこういうことか。

来週は轟鬼大活躍の巻きらしいですね。と、いうことはあのお方も再登場ですね。また、来週も暑くなりそうです。

おまけ。
昨日食事行った帰り、みなとみらいのゲーセンで響鬼キーホルダをゲット。
hibiku.jpg
響く鬼

ibuku.jpg
今週のメイン息吹く鬼
050529_2155%7E01.jpg
で、並び立つ鬼。

結構いい出来で満足、満足♪
写真撮ろうと思ったら、携帯カメラぶっこわれてたけどね。
不幸はまだ続くようです。

フリューゲルスの残骸・・・

なんとなくラーメンが食べたくなって、新横浜ラーメン博物館に行ってきました。
以前の横浜市民デーで、入場無料県をもらっていたので行こうとは思っていたのですが、なかなか時間がとれずにいたわけです。

と、いうわけで久々のラー博だったわけですが、今日は比較的すいていましたね。
10時30分開店で、着いたのが11時前だったので少し待つかなと思ったのですが、どこもスムーズに入れまして、待ち時間0でした。

比較的土曜日の午前ってすいてそうです。たまたまかもしれませんけど。
今日僕が行ったのはけやき(みそ)春木屋博多ふくちゃんラーメンの三店。

熊本出身の僕としては関東風の醤油ラーメンが得意ではないので、春木屋は少し苦手な部類でした。奥さんが好きなんで、一応付き合ったのですが。ただ、チャーシューは春木屋の奴が一番うまかったですな。

さて、そんなこんなでラー博を堪能すると、三店も行ったんでお腹が重い。こりゃいかんということになって、腹ごなしがてら日産スタジアム(旧横浜国債競技場)まで散歩することにしました。

そういえば、横浜国際に行くのはフリューゲルスが消滅してから初めてでした。
同じ道を歩きながら、合併が発表になってすぐの試合に行ったことを思い出しました。

あの日、対戦相手はセレッソ大阪でした。いまだに忘れません。競技場前では合併反対を訴えるサポーター団体が必死になって署名を求めていました。僕も友人を引き連れてその試合を見に行ったので、みんなで署名にサインをしました。

横浜国際のゴール裏にはすでに多くのサポーターが陣取っていました。
当時フリューゲルスのサポーター団体はいくつかに分裂して、応援の方針を巡ってぶつかり合っていました。しかし、その日はすべてのサポーター団体が一つになっていました。それは、辛い現実が突きつけた故の団結だったのでしょうか。

試合が終わって全日空スポーツの代表がサポーター説明に来たとき、「今日は絶対に手を出さないでください。冷静に話し合いをしましょう」とサポーター代表が声をかけていたにもかかわらず、一人の男性が社長に殴りかかっていったことを思い出します。

みんな彼を必死に止めていましたが、きっとみんな同じ気持ちだったことでしょう。許されるなら殴らせてやりたかったし、僕自身が殴りたかった。でも、そんな抵抗はしちゃいけない。試合終了後、誰一人帰らず何時間も話し合いを続けたあの日の出来事がそこにありました。

今日、横浜国際の外周を一回りしながら、隙間から見える中の様子がすでに過去とは切り離されたものであることを実感しました。時間はすでにフリューゲルスを過去のものにしてしまった。チームが消滅した日に、一年後このメンバーで同窓会試合をやろうと言っていた話も立ち消えになっています。

さみしいですが、これが現実なんだな、と思うしかないのでしょう。


しかし、ちょっと待て。
フリューゲルスが無くなった、それは認めよう。僕らがチームを守ってやれなかった、それも認めよう、だけどな、
チームの歴史をぞんざいに扱うな!

今日、スタジアムショップにいったさ。
なんとなくのぞいてみたくなったから、何の気なしに足をふみいれたさ。
いいよ、マリノスのチームショップなんだからマリノスのユニフォームしか売ってなくっても、いいさチームの歴史がマリノスのことしか書いてなくても、それは我慢するさ。

けどな、フリューゲルスが勝ち取った天皇杯のカップ、アジアチャンピオンシップのカップ、アジアスーパーカップの優勝杯、なんであんなひどい展示の仕方してんだよ。マリノスがとろうとしても手がとどかなったアジア最強の印が、商品を取り出したであろうダンボールが放置されてる片隅にひっそりと飾られなきゃなんねーんだよ。

あのカップはまだフリエが健在だったころ、フリエのショップで一番目立つ所のガラスケースに大切に保管されていたもの。僕はそれをフリエサポーターとして何度も見てきた。それをあんな片隅に追いやっていること自体が許せない。

しかも、三浦淳のサインだとか、楢崎のサインだとかはそのずっと下に貼ってあった。僕には一番下は見えなかった。ダンボールが邪魔で。

マリノスはフリューゲルスをどう思ってるんだ。
少なくとも僕が今日見た限りでは、とてもフリエの歴史を背負っているとは思えなかった。

あんな扱いをされるくらいならカップはすべて協会に返してやってくれ、頼む。

フィリピン日本人兵生存

■<旧日本兵>「数十人生存」情報も 半数が帰国希望

今日ものすごいニュースが飛び込んできた。戦死したと思われていた日本兵がフィリピンの山奥で生存していたらしいという。しかも、未確認ではあるが50名以上もいるという。

もし仮に、生き残っていらっしゃるとすれば戦後60年間、異国の島でひっそりと暮らしておられたということになる。あまりにも長い時間だ。

件の方々が所属しておられた部隊というのは、二十代の精鋭を基に組織された豹兵団という部隊であったという。終戦間近で高齢者も多かった民兵の中でも特に重要視された部隊だったことに間違いはなさそうだ。

戦後の引き上げの混乱に巻き込まれ、取り残された人々である。軍法会議にかけられることを恐れておられるという情報もあるが、そんなことは気にしないで堂々と帰ってきてもらいたい。今の日本には軍法会議なるものは存在していないし、むしろ祖国のために堂々と戦った人々を迎え入れないはずはない。

人生の晩年に故郷の土を踏みたいという気持ちは、今の僕の想像を完全に超えてしまっているが、日本国民全員で敬意を持って帰りを待つべきであろう。

また、僕はこの方々にぜひ今聞いてみたいことがある。
それは、戦時中から戦後(おそらく戦後という認識はないと思われるが)にかけての真実の歴史である。

なぜならば、この方々には大東亜戦争はまだ連続して続いている現実の出来事に違いないからである。戦後、戦争体験者の話や資料を基に多くの記録が作られた。それは恐らく、具体的であるし正確なものだろうと思う。

しかし、中韓の政治指導者はもとより、民衆まで日本の歴史は歪曲であると繰り返し叫んでいる。われわれが、理論立てて説明しても聞いてくれはしまい。基本的に国策として反日をとっているのだから、我々の意見などどうでもよいということだろう。

しかし、今回見つかった方々は戦後日本とまったく切り離されたところで生きておられた。つまり、物理的に歴史の捏造歪曲などできるはずがない。

その方々が語る歴史が、我々が主張するものと一致するのならばさらに堂々と対応を取れるはずだ。僕はそれをひそかに期待している。

とりあえず、まずは無事にお帰り頂き、祖国の大地を踏みしめていただきたい。
日本はあなた方の努力と功績によって今もこうして主権をもった独立国でいられるのだから。
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