その年の夏、関東を巨大な台風が襲った。数年ぶりにやってくるというその台風は町を大いになぎ払った。その大嵐の中僕の娘は生まれた。2005年。僕にとって一生忘れられない年だ。

忘れられない年にやっていた忘れられないヒーロー

仮面ライダー響鬼

またこのブログを開くことになるとは思ってもいなかった。
娘が生まれたのは「輝く少年」が放送される三日前のことだ。ちょうど、前期響鬼と呼ばれるところの最終話というところだろうか。久しぶりに自分の書いたブログを読み返してみると、ずいぶん入れ込んでいたようなことが見て取れる。

僕にとって響鬼という作品は良くも悪くも未完成な存在だ。諸処の事情で路線変更を余儀なくされ、最初に目指していた終着駅からずいぶんと離れた処にたどり着いてしまった作品というイメージがある。

それは当時見ていた人みんなが思っていた感想ではなかった。前期がいいとか後期がいいとか今更言うつもりはないが、響鬼が可能性を秘めた作品だっただけに中途半端な出来になってしまったことは残念でならない。もちろん、途中から引き受けた白倉さんをはじめとするスタッフは大変だったに違いない。限られた時間の中で新しい世界を作らなければならなかった苦労は計り知れないだろう。今思うと、そう感じられる。

響鬼が終わってから、僕はこのブログをほとんど触っていない。特撮レビューというつもりのこのブログになんとなく情熱を無くしてしまったのかもしれない。もちろん、響鬼の後の「カブト」「電王」「キバ」もずっと見てきたし、仮面ライダーという作品への情熱自体は微塵も揺らいではいないのだが。

でも、やはり響鬼とは違うのだ。僕にとって。

仮面ライダーディケイドである。平成ライダー10周年記念作品、九つの世界を回り九人の仮面ライダーと闘うのが使命。その旅の最後の世界が響鬼。放送が始まってから僕は響鬼の世界をずっと待っていた。ただ、その世界感を壊されることに若干の懼れを持っていたことも事実だ。ディケイド、門矢司の旅の終わりの世界が響鬼。どういうリ・イマジネーションの世界を持ってくるのか。期待半分、恐れ半分だったのだ。

その心配は不要だった。

響鬼の世界。それはまぎれもなく響鬼だった。第一週の「サボる響鬼」で、音撃道の分裂を描き、第二週の「終わる旅」で継承と統合を描ききった。そしてその響鬼という作品の魂を描ききったこと、僕は感動した。

響鬼は師匠と弟子の絆が作品の核を占める。ヒビキと明日夢。ザンキとトドロキ。イブキとあきら。その絆をディケイドでは描ききった。もちろん、僕の知っている世界の話ではないが、その受け継がれた魂は世界を越えて僕たちに伝わった。

ディケイド響鬼の世界は「if」の世界だ。鬼を選ぶアスム、弟子をやめないアキラ、生き続けるザンキ。この「もしも」の世界を描ききった今、僕の中で一つの区切りができた気がする。

最後の合奏、音撃が一つになったときのあの震えるような感動。たぶん響鬼を愛していた当時のファンなら分かってくれるだろう。原典の作品は師匠と弟子の絆を断ち切ることで、少年の成長を描いた。ディケイドでは受け継ぐことで成長を描いた。ベクトルは違っても進むべき道は同じだ。それを象徴するあの合奏。震えた。

オリジナルメンバーがまだ響鬼を愛していることもうれしかった。最後の合奏のときのイブキとザンキは間違いなく僕の知っている二人だった。アキラとトドロキも間違いなく僕の知っている二人だった。こんなにうれしいことはない。

ディケイドの世界はまだ続く。でも、ある意味響鬼を求める旅はひとまず終わったような気がする。また、違う形で会えることもあるかもしれないが、今僕にとってはこれで十分だ。

三歳になった僕の娘は、「ヒビキオンゲキドー」と叫びながら太鼓をたたきまわっている。彼女もずいぶんと響鬼を気に入ってくれたようだ。なんとなく、ひとつ願いがかなったような気がする。

また、このブログを書くことができますように。

see you...